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被災地支援。今も大切。でも一年後も、その先も大切。 [思ったこと]

昨日の夜は、静岡でも大きな地震があった。大阪では、
震度2程度だったようだ。でも、揺れを感じた瞬間、
寝ている我が子のそばにかけよった。
そんな小さな揺れでさえ、親は本能的に子どもを
かばおうとする。今、被災地で過ごすお父さんお母さん方の
心労を思うと胸が痛む。

ツイッター上のツイート(書き込み)は、震災以来、
熱を帯びている。できることがそれしかない。
そう感じている人が多いからだろう。
被災地の方々を救おう、励まそう、役に立とう
というツイートがほとんどだが、それとともに、
デマやあやまった情報、恐怖心をあおるだけのものも
流されていく。

私自身も、書き込んだり、情報を広げるためにリツイート
したりしてきた、そして、今もやっているが、
ふりかえってみると、矛盾もある。失敗も繰り返している。
なぜ、そうなってしまうかというと、やっぱり私自身、ツイッターの
熱気、雰囲気にあおられてしまってるからだろう。
もう少し、冷静にならないと、と思う。

被災地を支援するユーモア表現が絶賛されている。
でも、それは、震災で暗い気分になっている人々を癒しているのであって、
被災地にはどうなんだろう。家族を失う、
家を失うなど大きな悲しみに包まれている人びと
には届かないのではないだろうか。それどころではない、というか、
むしろ迷惑なようにも思える。今、いろんな立場の人がいる。
そして悲しみのレベルが違いすぎる。だから、今、そんな人たちを
励ますということは、すごく難しいことだ、と感じた。
同業者の方々も、支援活動を開始しているようだけど、その表現に
ギミックやレトリックはいらないと思う。

前にも書いたが、月曜日、ブログを更新していいものか
と迷いに迷った。
他の方も更新しにくいんじゃないかな、と思って
いろんなブログを訪れてみたのだが、震災の記述はあるものの、
ふつうに更新されているものがほとんどだった。
でも、それでいいんだ。そうすべきなんだと思う。
私が、更新しにくかったのは、自粛、不謹慎という言葉が頭に
浮かんだからなのだが、それは、おそらくツイッターの
熱気をひきずっていたからだろう。

被災地から離れている私たちにできること。
それは、「被災した人の役に立ちたい」という
熱いキモチを、ずっとずっと冷まさないこと。
今、支援するのも、ひと月後に支援するのも、
一年後に支援するのも同じなんだ。
間違いなく長期的な支援が必要になるわけだから。
そして、今、できること。それは、
生活できることに感謝しながら、本分をつくすこと。
ムダな仕事なんてない。みんなそれで生きてるんだ。


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